大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和40年(ワ)106号 判決

主文

被告が株式会社宮脇から昭和三九年一一月一二日受領した商品売掛代金債権に対する四〇〇万円の弁済は七八万三一四円の範囲においてこれを取消す。

被告は原告に対し七八万三一四円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

原告は衣料品の卸売を目的とする会社であるが、訴外株式会社宮脇(以下たんに宮脇という)に対し昭和三九年九月はじめから同年一一月一二日までの間代金一〇九万二、八九四円相当の衣料品を売渡し、内金三一万二、五八〇円の支払を受けたが、残金七八万三一四円は未払となつている。

被告は宮脇に対し、昭和三九年一一月一二日当時一〇〇〇万円以上の売掛金を有していたものであるが、宮脇が経営不振となり倒産必至とみるや、宮脇と通謀し、右同日宮脇の営業場所であつた宮脇鷹野橋店の在庫品全部を五〇〇万円、同じく宇品店の在庫品全部を五〇〇万円、合計一〇〇〇万円という不当に安い価額で宮脇より被告の代表取締役が同じく代表取締役をしている訴外株式会社いづみ(以下たんにいづみという)に売渡さしめ、その代金一〇〇〇万円を宮脇より被告に対して売掛金の弁済として支払わしめた。

宮脇は一一月一三日倒産し、被告以外の一般債権者百数十人債権総額約数千万円は殆んど回収不能となつた。

よつて、右弁済は明らかに詐害行為というべく、原告は被告に対し詐害行為取消権に基づき原告の被保全債権七八万三一四円の範囲における右弁済の取消ならびに七八万三一四円の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

被告が宮脇に対し、昭和三九年一一月一二日当時一〇〇〇万円以上の債権を有していた事実、宮脇の鷹野橋店の在庫品全部及び同宇品店の在庫品全部(衣料品を除く)を被告と代表取締役を同じくするいずみが買取つた事実(但し代金は一九〇万円)被告が右代金を右宮脇の債務の弁済として受取つた事実は認める。

原告が宮脇に対し売掛債権七八万三一四円を有している事実は不知。

その余の事実はすべて否認する。

抗弁として

一、昭和三九年一二月頃被告と原告を含む宮脇の債権者団との間に(1)債権者団は被告が宮脇より受けた弁済を異議なく承認する。(2)被告は宮脇所有の不動産(宅地七筆、建物七筆)に対する極度額二〇〇〇万円の根抵当権を抹消する。(3)債権者団は右不動産の処分により弁済を受けるとの和解が成立し、被告は右約定に従つて昭和四二年一月二四日右根抵当権を抹消した。

原告は債権者団の委員会の委員に選ばれており、前記和解は被告と委員会の間になされたものである。

よつて原告が被告の弁済受領を詐害行為として取消すことは信義則上許されない。

二、たとえ原告が詐害行為取消権を行使しうるとしても被告は昭和四一年一二月七日本件口頭弁論期日において、原告に対し、宮脇に対する被告の債権一〇三九万五一〇三円についての配当要求の意思表示をした。

右配当要求により、取消された本件弁済にかかる金員は原告と被告とがその債権額に応じて按分取得すべきものであるから、原告は右按分金額に限り請求できるにすぎない。

と述べた。

原告訴訟代理人は被告の抗弁に対する答弁として、抗弁その一の事実は全部否認し、抗弁その二については、原告には被告の配当要求に応じ分配する義務がなく主張自体失当である旨述べた。

証拠(省略)

理由

被告が宮脇に対し、昭和三九年一一月一二日現在において一〇〇〇万円以上の売〓金を有していた事実、宮脇からその鷹野橋店の在庫品全部及び宇品店の在庫品全部(衣料品を除く)を被告と代表取締役を同じくするいづみが買取つた事実及び被告が右代金を右売掛債務の弁済として受取つた事実は当事者間に争いがない。

成立に争いない乙第一ないし第四号証と証人宮脇隆臣、同堂内宣昭(第一回)の各証言と公証人杉本覚一に対する調査嘱託の結果によれば、右在庫品売買契約の日時は昭和三九年一一月一二日であり、売買代金は宇品店の分が一〇〇万円、鷹野橋店の分が三〇〇万円合計四〇〇万円であり、したがつて宮脇の被告に対する弁済額も四〇〇万円であつたことが認められる。右認定に反する乙第六号証の記載内容、証人堂内宣昭(第二回)、同高橋新吾、同上平俊春の各証言は前掲諸証拠に照らして信用できない。

宮脇が一一月一三日倒産し被告以外の一般債権者の債権は殆んど回収不能になつた事実は弁論の全趣旨に徴し明らかである。

証人宮脇隆臣の証言によれば、前記在庫品売買は、当初宮脇の債権者である被告会社の代表取締役としての山西義政との間で交渉がなされたもので、最終段階ではじめて右山西の希望により買主をいづみとしたものであること、売買代金四〇〇万円は現実にいづみから宮脇に一たん支払われた上更に宮脇から被告に弁済として支払われたものではなく、いづみから直接被告に支払われたものであること、売買物件である在庫品の引渡は一一月一三日午前一時頃なされたこと等の事実が認められ右認定を覆すにたりる証拠はない。

以上に確定した諸事実を総合すると、宮脇は倒産により他の一般債権者が債権回収不能に陥ることを知りつつ前記在庫品をいづみに売却しその代金を被告に対する弁済にあてたものであり、被告は宮脇の倒産を予知して他の債権者にさきがけて弁済を受けるため、いづみに宮脇の商品を買取らせたものと推認することができ、右認定に反する証人堂内、同上平の各証言は措信できない。

そこで、宮脇の被告に対する弁済が詐害行為となるか否かについて判断する。

判例は、本旨弁済は原則として詐害行為を構成せず、ただ他の債権者を害する意思で債務者が債権者と通謀してなした場合は詐害行為を構成するというのであるが、前認定の事実関係によれば、宮脇と被告との間には判例のいう詐害の通謀があつたものと認めるのが相当であろうし、かりに右通謀自体が認められないとしても、判例のいう通謀ある場合に準ずべき場合として詐害行為の成立を認めるのが相当である。

けだし、判例がこの点につき本旨弁済を代物弁済と区別するのは、本旨弁済がそれ自体義務行為であることを主たる理由とするものであり、詐害の通謀ある場合は形式的には義務行為であつても実質的に義務行為としての正当性を主張しえないとするものであると解される。ところで、本件の弁済は、形式的には本旨弁済であるが、本件弁済と前記在庫品の売買は不可分の関係にあるもので、宮脇いづみ間の売買と右売買代金による宮脇の被告に対する弁済という形をとつていても、その実体はむしろ宮脇の被告に対する代物弁済と被告のいづみに対する右弁済目的物の売却であるというべきであり、詐害行為取消制度のよつて立つ衡平の理念に照らし、本件弁済は代物弁済と区別して考えるべき義務行為としての正当性を有しないとみるのが相当である。

以上の認定判断にもとづき本件弁済は詐害行為であるとなすべきところ、当時原告が宮脇に対し売掛債権七八万三一四円を有していた事実は原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨から認められ、右認定を左右するにたる証拠はないから、原告は右債権額の範囲で本件弁済の取消を求めうるものといわねばならない。

進んで被告の抗弁について判断する。

まず被告の和解の抗弁については、成立に争いない甲第七ないし第二〇号証と証人堂畝登美男の証言によれば、宮脇の債権者等が委員を選んで被告と交渉した結果被告と右委員等との間に被告主張の如き内容の契約が成立したことは認められるが、原告が右委員であつたことないしは右委員のなした契約に拘束されるべき関係にあつたことを認めるにたりる証拠はないから右抗弁は理由がない。

次に配当要求の抗弁については、かような配当要求を認める実定法上の根拠がないから、主張自体理由がない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例